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福岡地方裁判所小倉支部 昭和39年(わ)43号 判決

被告人 西口彰

大一四・一二・一九生 自動車運転手

主文

被告人を死刑に処する。

押収してある千枚通し一本(昭和三十九年押第四十九号の三)及び包丁一本(同号の四及び五)は、いずれもこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和十七年ごろから窃盗、詐欺、或は恐喝などの罪を犯して、四回に亘り処刑せられ、昭和三十七年八月出所後間もなく肩書本籍地に妻子を残して福岡県行橋市に移り住み、さきに情交関係を結んだ食堂の手伝をしていた女と同棲し、昭和三十八年二月より同市内で貨物自動車の運転手として働いていたものであるが、その後同女と別れ、更に同市内の小料理店の女と情交関係を結び同女を別府方面に誘い、その遊興費用に窮し、一方では同市内の理髪見習の女二名から理容師試験を受けるために福岡市へ行くのに費用がないという話を聞き、金を渡して同女らの歓心をかい、自分が同女らを福岡市に誘い出そうと考え、あわせて自らの借財の返済にあてるため、かつて日本専売公社行橋出張所のたばこ配給の運送をした際、同行した右出張所員がたばこを配給するとともに集金した多額の金員を携行することを知つていたので、理容師試験も迫つた同年十月十七日夜、右出張所員を殺害してその集金を強奪することを決意し、翌十八日午前中から煙草の配達と集金のため同出張所員が同乗している行橋通運株式会社の小型四輪貨物自動車の行方を追い、同日正午過ぎごろ、同県京都郡苅田町松原の道路で、右出張所員である村田幾男(当時満五十八歳)が同乗し行橋通運の運転手である森五郎が運転している同自動車を見つけ、村田とは知合いの間柄にあつたのでその車に乗り込み、配達先の煙草販売店に同行し、同日午後二時過ぎごろ、村田だけを同町内のパチンコ店に誘い、さらに近くに友達がいるから連れてきて三人で飲もおうと言葉巧みに欺いて、村田を同町大字提苅田竜王寺裏の台地に連れて行き、同日午後三時ごろ、同所で村田を殺そうと決意し、道が間違つていたと右竜王寺の方へ引き返し、台地の芋畑の端を通行中、いきなり隠し持つていたハンマー(昭和三十九年押第四十九号の一及び二)で村田の頭部をなぐりつけたが村田にハンマーをつかまれてくみうちとなり、ゴム製の握り(同号の二)が抜けてハンマー(同号の一)を取られるや、所携の千枚通し(同号の三)で村田の胸部を目がけて数回突き、同人が右千枚通しを取ろうとしてハンマーを落したので、これを拾いあげて、くみ伏せた上同人の頭部をハンマーで滅多打ちになぐりつけ、同人が同所より十数歩離れた苅田竜王寺に到る小道まで逃げ同所で昏倒するや、同人が集金かばん(同号の七)に入れていた現金のうち約二十七万円を強取し、同所で、同人を頭部打撲創に基く外傷性出血及び脳蜘蛛膜下出血により死亡するに至らしめて殺害し、

第二、右犯行後、村田殺害の露見を虞れて、村田の帰りを待つている森五郎(当時満四十歳)をも殺害しようと考え、刃渡り約十六・七センチメートルの出刃包丁(同号の四及び五)を買い求めて隠し持ち、同日午後五時ごろ、前記苅田町京町一丁目片山わら製品工場前に駐車して帰えりの遅い村田を案じて待つていた森に、村田が飲んでいるところに行こうと偽つて、自分が前記小型四輪貨物自動車いすずエルフ六二年高床型(福4あ3480)を運転して、同町京町一丁目の守中重次方石垣横に駐車したところ、森が帰えろうと車のエンヂンをかけようとしたので、運転台内で、車の鍵を奪おうとして争つた際、隠し持つていた右出刃包丁を落して森に見つかるや、同人に右出刃包丁を突きつけて、運転させ、同所から行橋市を経由して、国道二〇一号線を通り二十数キロメートルの道程を経て、同日午後六時ごろ、同県京都郡勝山町大字松田七曲峠にある全長四百五十メートルの仲哀トルネルにさしかかかつた際、同トンネル内のほぼ中央附近に停車させ、同人の頸動脈をねらつて所携の出刃包丁を突き出したが、同人が体をそらしたためはずれて同人の左頸の頸筋を深く貫き、左口角から口内に突き刺さつて舌を截断したが、同人が右手でその包丁の刃(同号の四)をつかんだため柄(同号の五)が抜け、更に同人が握つていた刃の部分を車外に投げすてたので、運転台にあつた手かぎ(同号の六)で同人の左上まぶたなどに打ちかけ、手ぬぐい(同号の十八)で同人の両手を合せて縛るなどし、同人の頭部を運転台助手席ドアがわにしてねじ伏せ、自ら右自動車を運転して、同日午後七時三十分ごろ、同県田川郡香春町大字鏡山、呉の山道を登り坪根林二所有の稲田附近に到つたが、同所まで進行してくるうちに右運転台で同人を左頬の刺創に基く外傷性出血により死亡するに至らしめて殺害し、

第三、前記犯行により全国指名手配をうけて逃走中、大学教授と偽つて、さきに宿泊して知つていた静岡県浜松市上池川町七十二番地の六十一貸し席「ふじみ」こと藤見はる江(当時満六十五歳)方に投宿しいる際、金銭に窮した末、同家が同女とその長女藤見ゆき(当時満四十一歳)の二人暮しで、営業柄現金があることに目をつけ、右両名を殺害して金品を強取しようと企て、その機会をうかがつていたが、同年十一月十八日朝、たまたまはる江が外出したので同女を尾行して行先を見届けたうえ「ふじみ」にもどり、その留守中にゆきを殺そうと決意し、(一)自己が泊まつていた同家本館二階東側五畳半の客間にゆきをおびき寄せるため、同女に胃が痛むからと偽つて、薬を買つてくれるように依頼し、同日午後一時過ぎごろ、ゆきが右客間に薬を持つてきてすわるや、同室にあつた腰ひも(同号の九十五)を同女の頸部に一回巻きつけ両手で強く締めつけ、その場で、同女を右絞頸により窒息死に至らしめ、(二)更に同日午後六時過ぎごろ、はる江が帰宅して、同女がゆきのたんすの中から着物類がなくなつていることに気づき不審をいだくや、ゆきが二階に持つていつたなど偽つて言葉巧みに、はる江を右本館二階西側五畳半の客間に誘い近み、ズボンの後ろポケツトに隠し持つていた腰ひも(同号の九十六)を同女の背後から頸部に一回巻きつけ両手で強く締めつけ、その場で、同女を右絞頸により窒息死に至らしめて右両名を殺害し、同家屋内を物色して、はる江管理の現金約二万五千円及び着物類、貴金属等六十八点(価額合計金十三万五千円相当、同号の三十六ないし九十四、九十八ないし百五)を強取し、

第四、弁護士を装つて金員を騙取しようと企て、

(一)  同年十二月三日千葉市吾妻町三丁目千葉地方裁判所構内で、弁護士内山誠一が勾留中の中島明の弁護人であることを知り同被告人の公判を傍聴にきていた同人の母中島はつに、自分は花井という弁護士であるが、内山弁護士から明の保釈手続を依頼された旨の虚言をろうし、その旨同女を誤信させ、同日正午過ぎごろ、保釈前に明に面会しようと同市貝塚町百九十二番地千葉刑務所待合室に同女を連れて行き、保釈金として十万円用意してきていることを聞き出したうえ、裁判所に保釈金を納めに行つてくるから十万円渡してもらいたいと同女を欺き、現金十万円を騙取しようとしたが、同女が前掛けのポケツトともんぺの下とに五万円ずつ分けて持つていたため、十万円を一緒にして渡そうとすわつていた同待合室のテーブルの手前に右ポケツトに入れていた現金五万円だけを置き、もんぺの下に入れていた金を取り出すために、すぐかたわらのガラス戸を隔てた売店に入つた際、発覚を虞れて右現金を盗み取ろうという気を起し、テーブルの上に置いてあつた同女所有の右現金五万円を窃取して逃走し、前記詐欺の目的は遂げなかつた、

(二)  北海道で洋品商を営む石井勘市郎が同人の次男で行方不明となつている石井和彦の所在を捜していることを知り、勘市郎と連れだつて、同年十二月八日、同人の長男石井俊雄が下宿している東京都台東区元黒門町十四番地川島方に行き、俊雄に対し、自分は弁護士高橋二郎という者であるが、和彦が名古屋市内の警察署に証券詐欺の疑いで留置され、自分が国選弁護人に依頼されたが、保釈手続などに四、五万円必要である旨虚言をろうし、俊雄にその旨誤信させ、翌九日中央区日本橋兜町日東証券株式会社応接室で、俊雄をして現金四万円を交付せしめてこれを騙取し、

第五、弁護士を装つて逃走を続けているうちに、弁護士らしく見せかけるために訴訟書類を盗み取ろうと思いたち、同年十二月二十日、東京地方裁判所の控室で見かけた弁護士神吉梅松(当時満八十二歳)に、民事事件を依頼したいと偽つて電話をかけ、同人の外出先で面談し、自分の兄が今夜お宅にくることになつているからと同人を欺き、同日午後九時ごろ、東京都豊島区雑司ヶ谷三丁目三十六番地福樹荘アパート二階十八号室の神吉方に同行したところ、高齢の同人が独り住いなので、隠れ場所を求める気持も手伝つて、同人を殺害して金品を強取しようと決意するに至り、同夜半、すきをうかがつて、同人の背後から鈍器様のもので頭部を強打して、同人を昏倒させたうえ、有り合わせのネクタイを同人の頸部に巻いて強く締めつけ、その場で、同人を右絞頸により急性窒息死に至らしめて殺害し、同人所有の現金約四万円、洋服類等二十五点(価額合計金約十四万円相当、同号の百十七、百二十二ないし百四十四及び百四十六)並びに弁護士バツヂ一個(同号の百十三)、訴訟書類五十六点を強取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯前科)

被告人は、昭和三十五年二月二十九日大分地方裁判所において、詐欺、私文書偽造、同行使罪により懲役二年六月(同年八月二十四日確定)の刑に処せられ、当時その刑を受け終つたもので、右の事実は、被告人の当公判廷における供述と昭和三十九年一月八日付前科調書の記載によつて明らかである。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示行為中、第一、第三の(一)、(二)及び第五の点は、いずれも刑法第二百四十条後段に、第二の点は同法第百九十九条に、第四(一)の詐欺未遂の点は同法第二百五十条、第二百四十六条第一項に、窃盗の点は同法第二百三十五条に、第四の(二)の点は同法第二百四十六条第一項に各該当するので、第一、第三の(一)、(二)及び第五の各強盗殺人罪と第二の殺人罪については所定刑中いずれも死刑を選択すべきところ、被告人には前示前科があるから、第四(一)の詐欺未遂、窃盗罪と第四(二)の詐欺罪については同法第五十六条第一項、第五十七条により法定の加重をなし、以上の各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十六条第一項、第十条第三項により他の刑を科せず、犯情の重いと認める第一の村田幾男に対する強盗殺人罪につき、被告人を死刑に処し、押収してある千枚通し一本(昭和三十九年押第四十九号の三)は、判示第一の強盗殺人の用に供したものであり、出刃包丁の刃一枚(同号の四)及び包丁の柄一個(同号の五)は、出刃包丁一本として一体をなすものであるが、判示第二の殺人の用に供したもので、被告人以外の者の所有に属しないから、同法第四十六条第一項但書、第十九条第一項第二号、第二項により、いずれもこれを没収することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させないことにする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本義雄 富川秀秋 上田耕生)

第一表および第二表(略)

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